大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)52号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実及び本願発明の要旨がその特許請求の範囲に記載されたとおりであること、引用例に審決認定の引用発明が記載されていること、本願発明と引用発明との一致点、相違点が審決認定のとおりであること、本願発明の特許請求の範囲にいう「動作態勢」の意義が請求の原因四1において原告の主張するとおりであることは、当事者間に争いがない。

二 原告は、右相違点に係る構成、すなわち、動作検出機構を稈丈検出機構の上手側近傍に設けた構成により、本願発明は機体回向後の刈始め時には、搬送される穀稈の稈丈を稈丈検出機構が検知する前に、動作検出機構が刈取穀稈の存在を検知することによつて、株元挟持搬送体の作動機構を僅かな時間でやや深扱ぎ側への自動制御態勢にし、これにより稈丈検出機構による刈始め後の稈丈を確実に検知して、刈取穀稈の初期扱深さを適正にすることができる旨、引用発明はこの効果を奏しない旨主張する。

そして、成立に争いのない甲第二、第三号証によると、昭和五九年七月九日付手続補正書による補正後の本願明細書及び図面(以下、この補正後の本願明細書を図面を含め「本願明細書」という。)には、本願発明の実施例の一つとして、「株元挟持搬送体6によつて搬送される刈取穀稈の長短限を検出する光電素子18、19を所定間隔をおいて上下に配設すると共に、この光電素子18、19には、穀稈の移動経路をはさんで光源20、21を対設している」(甲第三号証訂正明細書四頁一六~二〇行)構成を有する稈丈検出機構を用いた例が示されており、この実施例の作動につき、「株元挟持搬送体6と茎部搬送体8とによつて搬送される穀稈があると、この穀稈が動作検出機構22の光源を遮ることになるので、動作制御装置26を経由して駆動電動機14は動作態勢にはいる。そして、さらに搬送される穀稈の穂先が稈丈検出機構16の短限を検出する光電素子19に達しない場合、または長限を検出する光電素子18を超える場合には、稈丈検出機構16の検知信号により動作検出装置26を介して作動態勢にある駆動電動機14が正または逆方向に回転する作動機構11によつて、株元挟持搬送体6を刈取穀稈の穂先が光電素子18、19の稈身方向の対向間隔内に位置する状態となるように、枢軸7を中心にして傾動させて自動調整することになる」(同七頁九行~八頁三行)と説明されていることが認められる(別紙図面参照)。

本願明細書の右記載によると、右実施例の稈丈検出機構は穀稈の穂先が短限を検出する光電素子19に達しない場合、すなわち光電素子18、19が光源20、21からの光を遮られることなしに受光する場合に短稈と検出し、作動機構を介して株元挟持搬送体を深扱ぎ方向に動作させるものであることが認められる。このことを前提に、刈始め時に、稈丈検出機構に未だ刈取穀稈が到達しない時点で、動作検出機構が先に刈取穀稈の存在を検出して株元挟持搬送体の作動機構を、前示当事者間に争いのない意義での「動作態勢」にした段階を見ると、この場合、稈丈検出機構は作動状態にあり、かつ、光源20、21からの光が光電素子18、19に達することを遮るものはないから、光電素子18、19は光源20、21からの光を遮られることなしに受光し、その結果あたかも短稈であるかのような検出を行い、作動機構を介して株元挟持搬送体を深扱ぎ方向へ動作させるものであり、このことは刈取穀稈が稈丈検出機構に到達するまでの間行われるものであると認められる。すなわち、本願明細書に記載された右実施例においては、原告の主張するとおり、「やや深扱ぎ側への自動制御態勢」にするものであるということができる。

しかしながら、前示当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明の「稈丈検出機構」は「刈取穀稈の長短を検出する」ものであればよく、右実施例に示された光電素子二個を用いるものに限定されていないことが明らかであり、したがつて、審決がその理由の要点2に示す引用発明の三個の検出器A、B、Cからなる稈丈検出機構が本願発明の「刈取穀稈の長短を検出する稈丈検出機構」に該当することも自ら明らかである。そして、成立に争いのない甲第四、第五号証によれば、引用例の稈丈検出機構を構成する三個の検出器は、検出板上に刈取穀稈が搬送されてきて検出板に押圧力による抵抗がかかるとスイツチが入るようにしたものであり、三個の検出器の検出板のいずれにも刈取穀稈による押圧力による抵抗がかからない場合長短稈調節装置を作動させないものであることが認められるから、引用例のこの稈丈検出機構の構成を本願発明に用いた場合には、刈始め時に、稈丈検出機構に未だ刈取穀稈が到達しない時点で、動作検出機構が先に刈取穀稈の存在を検出して株元挟持搬送体の作動機構を動作態勢にしても、稈丈検出機構からの検出信号は生じないから、株元挟持搬送体を深扱ぎ方向に動作させることはないことが明らかである。すなわち、原告の主張する「やや深扱ぎ側への自動制御態勢」にすることができるのは、本願明細書に記載された一実施例についていえるにすぎず、これを本願発明の要旨とする構成一般についていうことはできない。本願発明の特許請求の範囲にも、刈取穀稈の稈丈を稈丈検出機構が検知する前に動作検出機構が刈取穀稈の存在を検知することによつて株元挟持搬送体の作動機構を深扱ぎ側へ動作させるための構成は記載されていないことが明らかである。したがつて、やや深扱ぎ側への自動制御態勢とすることを前提に、本願発明が前示引用発明との相違点に係る構成を有することにより、引用発明が奏しない刈取穀稈の初期扱深さを適正にする効果を有するとの原告の主張は失当である。

三 以上の事実を踏まえて、前掲甲第二ないし第五号証により本願明細書と引用例の記載を検討すると、本願発明は、動作検出機構が稈丈検出機構の上手近傍に設けられていることに基づき、動作検出機構による穀稈存在の検知信号により、刈取穀稈が稈丈検出機構に到達するに先立つて、あらかじめ株元挟持搬送体の作動機構を動作態勢とするのに対し、引用発明は、動作検出機構が稈丈検出機構と一列状に並列されていることに基づき、刈取穀稈が稈丈検出機構に到達してはじめて株元挟持搬送体の作動機構を動作態勢とするものであることが認められる。すなわち、両者の作用効果上の差異は、株元挟持搬送体の作動機構を動作態勢とする時期を刈取穀稈が動作検出機構に到達した時点とするが、これが稈丈検出機構に到達した時点とするかの差異にすぎない。そして、前示本願発明の特許請求の範囲には動作検出機構を設ける位置を「稈丈検出機構の上手側近傍」と規定するだけで具体的にどの程度近傍に設けるかを規定していないから、両者をごく接近させて設ければ、両者の右作用効果上の差異は無きに等しくなることも生じうる。事実、前掲甲第二、第三号証によつて認められる本願明細書の「動作検出機構22による穀稈の存在検知から稈丈検出機構16による自動制御に至る時間が極めて短いため、動作時間の無駄が生じない利点がある。」(甲第三号証訂正明細書八頁一七~二〇行)との記載に示すとおり、動作時間の無駄を生じないためには、両者をごく接近させることが提唱されており、この場合、本願発明と引用発明の前示作用効果上の差異は極めて少ないものといわなければならない。

したがつて、審決が「本願発明は、この相違点の構成をその構成に欠くことができない事項の一部とすることにより格別の効果を奏するものでなく」と判断したことは相当であり、引用発明において稈丈検出機構と一列状に並設されていた動作検出機構を稈丈検出機構の上手側近傍に設けることにより本願発明の構成を得ることは、株元挟持搬送体の作動機構を動作態勢とする時期をいつにするかという当業者が設計に際して随意に決定できる事項によつて自ら定めることのできる程度のことにすぎないと認めるのが相当である。

原告が特許第一三五一一四一号発明を引いて主張するところは、右判断を覆えすに足りる事由ということはできず、その他これを覆えすに足りる資料は本件証拠上認めることができない。

四 そうとすると、本願発明は引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとする審決の判断は結局において正当であるといわなければならない。

審決が本願発明の「動作態勢」の意義を審決の理由の要点1に記載したように認定した点及び本願発明の効果につき理由の要点4に示す理由により「総合評価すると、短所が重大であるものとせざるをえない」旨認定した点は、前叙認定の事実に照らせば、本願発明の要旨としない構成に依拠して立論した誤りを含むものと認められるが、これらの点は、結局審決の結論に影響を及ぼすものということはできない。

以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。

五 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。

刈取部から脱穀部に至る刈取穀稈の搬送経路中に、脱穀部に対し刈取穀稈の受継位置を変更する株元挟持搬送体を架設し、前記株元挟持搬送体の作動機構を、刈取穀稈の長短を検出する稈丈検出機構により自動調整可能に構成したコンバインにおいて、前記株元挟持搬送体の作動機構を、稈丈検出機構の上手側近傍に設けた刈取穀稈の有無を検出する動作検出機構に連繋して、動作検出機構による穀稈存在の検知信号により動作態勢となるべく構成したことを特徴とするコンバインにおける扱深さ自動調整装置。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!